「生き方の選択」 家護谷 秀裕

【導入】

私の祖父は認知症でした。祖父はおよそ3年前から急激に老衰し始め、物を考えることをしなくなり、ほとんど飲み食いをしなくなっていました。祖父は認知症が重度化してしまったために、会話すらできませんでした。祖父はもはや自分の意思が示せず、人間らしく生きてはいなかったのです。

本弁論では認知症患者が自分の価値観に基づいて、自分にとっての最善の選択をしてゆける社会の実現を訴えたいと思います。

【現状分析】

「認知症」とは脳の神経細胞が脱落することで引き起こされる病気で、現在日本において、患者は約300万人います。

初期症状としては「言いたい言葉が出てこない」「何かとやる気が出ない」といった症状があり、進行するにつれて次第に「物忘れ」「判断力の低下」などを引き起こします。これがさらに重度化すると、徘徊や妄想などの症状に加え言葉の認識ができなくなり、他人との意思疎通が困難になってしまうのです。

現在の医療技術では、認知症は早期発見さえできれば、薬によってその進行を十分食い止めることができます。逆に誰が見ても認知症だとわかる段階の人が投薬しても、薬の効果はほとんど見られません。鳥取大学の研究によると、早期発見からの投薬治療をした場合、そうしなかった人に比べ認知症の進行速度を約3倍遅らすことができます。そのため政府や医療機関は早期発見の重要性についての周知を行っています。

にもかかわらず、東京都老人医療センターの調査によると、認知症の初期段階で病院の健診に訪れる人は認知症患者全体の5%未満となっています。現状として、認知症の早期発見はまだまだできていないのです。

 

【問題点】

私が訴えたい問題点は、認知症が重度化すると患者は自分の価値観に基づいた選択ができなくなる点です。

認知症が早期に発見された場合、患者にはケアマネージャーと呼ばれる専門家が付き、その後の治療はそのケアマネージャーとの相談を経て決められます。ケアマネージャーは患者の経済状況や家族構成などの要因を把握し、その時々に合ったいくつかの治療方法を患者側に提示します。提示されたのち、患者はその中から自らの価値観に基づいて、自らの望む治療方法を選ぶことが出来ます。

しかし認知症が重度化してしまうと、患者は自分にとって何が良くて何が悪いのかという判断もできないどころか、与えられている選択肢の内容すら理解できません。患者は選択肢が理解できないまま、治療という観点からのみに基づいた治療方法を強いられるのです。

人間は常に「選択」という行為をしながら生きています。しかし、重度の認知症患者はその「選択」が不可能です。つまり重度の認知症患者は人間らしく生きているとは言えないのです。認知症を早く発見できていれば、その人は与えられた選択肢を認識した上で自分の価値観に基づいて、自分自身にとって最善の選択を行えていたのです。認知症患者にとっての「生き方の選択」…。その例に自分の過ごす場所があります。自宅で過ごし家族との生活を重視するのか、病院で過ごし治療効果を重視するのか。各人の価値観によって、バランスのとれた選択を行うことが出来ます。

 

【理念】

私は認知症患者が人間らしく生き方の「選択」をおこなっていける社会の実現を目指します。つまり自分の価値観に基づいて最善の選択をしていける社会です。選択するということは自らの意思を反映させるということです。自らの意思が反映された選択は自分が納得できる選択となります。自分にとって何が最善なのかを判断できるのは自分だけです。だからこそ私は各人が自分の生き方を選択できる状態に重きを置いているのです。

【原因分析】

そのような選択肢を確保するためには、認知症が重度化する前に専門家の検診を受けることが必要ですが、現在それができていません。

ではなぜそれができていないのでしょうか。

その理由は、2段階に分けて説明することができます。1つ目に認知症にそもそも気付かない段階。2つ目に、気づいても検診に行かない段階です

まず、気づかない段階について説明します。患者の周囲の人間が認知症と老化との違いが分からないために、直ちに受診するといった発想が生まれません。認知症と老化の違いは、本人に自覚症状があるかないか、日常生活に支障をきたすかどうかという違いなどから老化と区別できます。例えば認知症患者は台所で火をつけたかどうかさえも忘れてしまうのです。認知症の初期の段階で起こる物忘れや歩行障害を単なる老化によるものとしか認識せず、認知症と疑い検査してみようというところまで至らないのです。

次に認知症に気づいても検診に行かない段階について説明します。この場合、十分に認知症についての知識が少ないために、認知症は早期の治療によって進行を遅くできることを知らず、受診に至らないということです。認知症は病気であり、薬を使って治療ができるということを知らないために、あきらめてしまうのです。薬品会社が65歳以上の親がいる子に対して行った調査によると、約8割が「認知症に関する必要な情報を十分に入手できていない」と回答しています。また約5割が「親が認知症だと気づいても1年以上専門家に相談していない」と回答しています。

他にも、本人が認知症であると認めたくないため、たとえ家族が気づいて受診を勧めても本人が拒否をしてしまうこともあります。なぜなら本人にはもの忘れなどの自覚症状がないからです。これは先に述べた老化との違いがわからないという理由とも関連性がありますが、共に認知症についての理解が足りないために起きています。

 以上をまとめると認知症が重度化しても検診できていない原因は、認知症についての知識不足であると言うことができます。

【プラン】

そこで以上の原因に対するプランを一点述べたいと思います。

それは認知症発見シートを使った周知の徹底です。認知症発見シートを60歳以上高齢者の各世帯に送付します。この認知症発見シートでは簡単なテストを行います。テストの結果、基準点を下回った人に対して、認知症の疑いがあるとして病院での検診をすすめます。

それは1年に1回行い、テストの他に認知症の早期発見の重要性・老化との違い・投薬による効果を記述したものを含ませます。発見シートは返信を義務付け、各地方自治体がそれを採点します。もしその発見シートで認知症の初期段階だと判断された人については専門家の検診を受けるように電話をかけます。また配送した書類が返ってこない人に対しても確認の電話をかけ、発見シートを返信するように促します。その際返信を促すだけでなく、認知症の早期発見の重要性を伝えます。そうすることで早期発見の重要性・認知症と老化との違い・投薬による効果が、返信してきた人だけでなく、返信しなかった人にも周知されます。

以上のプランによって認知症に関する知識の周知が図られ、その早期発見につながります。

 

【締め】

 もし祖父が認知症を早い段階で見つけられていたら、より人間らしい人生を歩めていたでしょう。これから認知症にかかるかもしれない人が、認知症の早期発見によって少しでも生き方の選択肢を確保し、自らの意思で最善の選択ができるような社会の到来を願い、本弁論を終了させていただきます。ご清聴ありがとうございました。

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