「優しい手」堀江健太
 
【導入】
あなたにとって家族とはどういう存在ですか?
もし、家族内で家族どうしが相手のことを互いに「疎ましい存在」と感じてしまうことがあったら、とても悲しいことではないでしょうか。
そんな状況が、今まさに起こっています。本来愛情にあふれているはずの家族内で起こっていいます。
それは介護の現場においてです。介護の現場で家族の愛が失われています。
本弁論では介護が必要になった家族と、残りの時間をどう過ごすかについて訴えていきます。
【現状】
現在日本において、約500万人とされる介護が必要とされる人のうち、その3分の2にあたる約330万人が在宅介護によって介護を受けています。在宅介護とは、家族が要介護者を介護するという介護形態です。
その在宅介護現場において、家族どうしが疎み合ってしまう現状が存在します。在宅介護における家庭において、介護をする側である家族の負担と介護される側である要介護者の負担にわけて分析します。
まずは、介護する側である家族の負担について説明します。
在宅介護の現場では、家族は、介護の素人でありながら、肉体的・精神的に負担が重い介護を強いられるため、介護自体をおろそかにしてしまいます。在宅介護には一日平均で6時間もの時間をかけなくてはなりません。さらに東京都町田市の調査によると、在宅介護を行っている人のうち、「たった一人で介護を行っている人」は約90%となっています。それに加え、日本福祉大学の調査によると、在宅介護を続けた結果、介護苦のために介護を放棄してしまっていると報告された人の割合は約20%となっています。
つまり、在宅介護現場では、家族は素人でありながら、一人での介護を強いられ、負担を抱え込み、果てには介護を放棄してしまう人も少なくないのです。
そして、その介護する側である家族に負担がかかる結果として、介護される側である要介護者にも負担がかかります。負担の大きい家族は、要介護者に対する介護をおろそかにしてしまうだけでなく、昨年では介護者による、要介護者への虐待が年間約1万7000件も起こってしまったのです。
【問題点】
このような現状に対して、私が訴えたい問題点は、お互いを大切にしあってきた家族であったはずの介護者と要介護者がともに、介護生活が始まってからの時間を苦痛に感じてしまうという点です。

負担が大きいながらも、より近くで生活を続けるという在宅介護を選択したということは、その家族が、介護生活が始まる以前にお互いを大切にしてきた家族であることを示しています。
しかし、両者とも負担の大きい在宅介護を続けることで、介護する側の家族は、家に要介護者がいることを疎ましく思いはじめ、家族の一員であるはずの介護者のことを重荷に感じてしまいます。
それと同時に、十分な介護を受けることができない要介護者もまた、家族を疎ましく思うようになってしまいます。


【理念】
これはもはや「家族」とはいえないのです!
家族は、何があっても無条件に頼りに出来るような存在です。
家族は、どんな時でも人々を心の奥で支えます。
家族は、互いを尊重し合い、心の拠り所となれる存在です。
私は要介護者が死に向かうまでの最後の時間を、家族みんなで大切にできる社会の実現を訴えます。
要介護者に対し家族みんなが愛情を持ち続け、家族みんなで支え合い要介護者が人生の終盤で家族からの愛を感じながら、安らかに人生を終えてほしい!
そして、長い人生の中で、死が間近に迫る人生の終盤は、特別な期間だと考えます。
介護を受ける状況にある人は、人生の終末期を迎えている人です。
生命保険文化センターの調査によると、介護が始まってから要介護者が他界するまでの期間は平均約5年となっています。
ゆえに介護の始まりは、要介護者の死を意識し始める時期でもあります。
そうすると家族は「要介護者との残りの生活」を、要介護者は「自らの残りの人生」と「自分の家族との生活」をより大切にしたいと考えます。
死を意識できているからこそ、残された時間には他の時間にはない価値があります。
その時間は苦痛に満ちたものではなく、充実したものであってほしい。私は切に願います。
【原因】 では、在宅介護現場において、家族が破綻してしまう原因を分析します。
原因は 2点存在します。
1
点目は、介護者の肉体的負担が大きいこと
2
点目は、介護者の精神的負担が大きいことです。

1
点目の肉体的負担についてですが、在宅介護を行う場合、介護者は毎日の肉体労働を強いられるため、疲弊してしまいます。 そして、疲弊している状態のまま、自らの生活を支えていかなければならないのです。 さらに、多くの家族が在宅介護を介護者の一人に任せているため、介護者は、自身と家族の生活に加え介護をしなければいけなくなり、その労力は相当のものになってしまいます。
このような在宅介護を行っている介護者の負担を軽減するために、要介護者の介護を一日のうちのある時間を施設に任せる、デイサービスという介護サービスが存在しています。 しかし、夜間の利用についてはサービスが充実しておらず、介護者の労力を十分に軽減することは難しいのです。

2
点目の精神的負担についてですが、介護者は毎日要介護者の世話をしなければなりません。
確かに、先ほど述べたデイサービスのように、日中の介護を施設に任せることもできます。しかし、その日のうちに要介護者は家に帰ってきます。 要介護者が家にいない時も、介護者は食べることに支障をきたす要介護者のためだけに、家族とは違う献立を考えなければならない。 そんな生活に終りが見えない。 そのような状況が精神的負担を生み出し、在宅介護生活は破綻してしまうのです。
【プラン】
そこで、肉体的な疲労と精神的な疲労を改善するための、プランを2点提案させていただきます。
1点目、デイサービスにおける介護保険の適用範囲の拡大。
2点目、介護施設の質の向上のための補助金事業を県レベルで行う。
1点目のデイサービスにおける介護保険の適用範囲の拡大についてですが
現在、デイサービスにおける、介護保険の適用範囲は日中だけに限られています。 つまり施設で宿泊までできるデイサービスについては保険が適用されていないのです。 そのため、施設に保険金が下りず、施設はサービスにかけるコストを削減し、サービスの質を低下させざるを得ません。 また、介護から解放されたい家族は全額負担を強いられ、施設の利用が難しくなっています。 そこで私は、デイサービスおける介護保険の適用範囲を夜間まで広げることを提案します。
しかし、このプランを実行に移すためには、2点目のプランである介護施設の質の向上が不可欠です。
なぜなら、夜間のデイサービスは日中のデイサービスとは違い、プライバシーを保護できるような部屋等が必要であるからです。このように現在、夜間のデイサービスに対応していない施設は全施設の7割にも及びます。
そこでそのような施設の改修を私のプランによって実現させるのです。実際に、佐賀県を含む全国3都道府県では事業者を中心に夜間のデイサービスを実施し、防災対策などへの施設改修に県が補助金を出すなど不可能ではありません。
このような施設が全国に出来て初めて、介護者は一日を通したデイサービスの利用が可能になり、精神的・肉体的負担から解放されるのです。
【締め】
どんな家庭にも、介護サービスという優しい手をさしのべてあげられる。
そして、家族みんなが最後まで、家族関係を保ったまま過ごせる。
そんな社会を願います。 ご清聴ありがとうございました。
inserted by FC2 system